東京地方裁判所 平成11年(ワ)8080号 判決 2000年10月25日
原告
【A】
右訴訟代理人弁護士
小林雅人
被告
富安株式会社
右代表者代表取締役
【B】
右訴訟代理人弁護士
岡田宰
同
広津佳子
右補佐人弁理士
【C】
同
【D】
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、別紙物件目録一記載のダブルセーフティー缶蓋を輸入し、譲渡し、貸し渡し、譲渡又は貸渡しのために展示してはならない。
二 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
原告は、引きちぎりタブを有する食品又は飲料の容器(いわゆるプルトップ容器)に用いる金属製の缶蓋を輸入し販売する被告の行為が、原告の有する特許権を侵害すると主張して、被告に対し、右缶蓋の輸入、販売等の差止め及び損害賠償の支払を求めた。
一 前提となる事実(当事者間に争いがない。)
1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。
(一) 特許番号 特許第一七六二九四五号
(二) 発明の名称 開口縁の安全な容器蓋及びその製造方法
(三) 出願日 昭和六三年一二月二七日
(四) 公告日 平成四年九月四日
(五) 登録日 平成五年五月二八日
(六) 特許請求の範囲(請求項一) 開口片を区画する裂開案内線の外側に裂開案内線の形成面から上側へ曲げられたループ部を形成し、該ループ部の裂開案内線側への帰還部分を裂開案内線の形成面から離隔させると共に、同帰還部分を裂開案内線より内側において更に外側へ曲げた巻締め側の蓋板面と、前記裂開案内線の内側に裂開案内線の形成面から下側へ曲げられたループ部を形成し、該ループ部の裂開案内線側への帰還部分を裂開案内線の形成面から離隔させると共に、同帰還部分を裂開案内線より外側において更に内側へ曲げた開口片側の蓋板面とからなり、引きちぎり用タブの先端爪部を裂開案内線またはその近傍に位置させて該引きちぎり用タブを開口片相当部分に取付けた開口縁の安全な容器蓋。
2 本件発明を構成要件に分説すると、以下のとおりとなる。
(a) 開口片を区画する裂開案内線の外側に
(b) 裂開案内線の形成面から上側へ曲げられたループ部を形成し、
(c) 該ループ部の裂開案内線側への帰還部分を裂開案内線の形成面から離隔させると共に、
(d) 同帰還部分を裂開案内線より内側において更に外側へ曲げた巻締め側の蓋板面と、
(e) 前記裂開案内線の内側に裂開案内線の形成面から下側へ曲げられたループ部を形成し、
(f) 該ループ部の裂開案内線側への帰還部分を裂開案内線の形成面から離隔させると共に、
(g) 同帰還部分を裂開案内線より外側において更に内側へ曲げた開口片側の蓋板面とからなり、
(h) 引きちぎり用タブの先端爪部を裂開案内線またはその近傍に位置させて該引きちぎり用タブを開口片相当部分に取付けた
(i) 開口縁の安全な容器蓋。
3 被告は、遅くとも平成八年ころから、業として、ダブルセーフティー缶蓋(以下「被告物件」という。)を販売している。輸入については争いがある。
なお、被告物件について、原告は、別紙物件目録一記載のとおりであると、被告は、別紙物件目録二記載のとおりであると、それぞれ主張する。
二 争点
1 被告物件の構成
(原告の主張)
被告物件の構成は以下のとおりである。
(A) 分離線1の外側に連続している板面である容器壁端に接続される部分と、分離線1の内側に連続している板面である中央パネル部とから構成されていること。
(B) 容器壁端に接続される部分には、分離線1の外側でありかつ同分離線1の形成面2の上側に、板面を曲げて構成した折り重なり部3が形成されていること。
(C) 容器壁端に接続される部分の折り重なり部3の分離線1側への帰還部分である鼻端部4が分離線1の形成面2から隔離されていること。
(D) 容器壁端に接続される部分の鼻端部4は、分離線1の位置より内側において外側へ曲げられていること。
(E) 中央パネル部には、分離線1の内側でありかつ同分離線1の形成面2の下側に、板面を曲げて構成したパネル折り重なり部8を形成していること。
(F) 中央パネル部のパネル折り重なり部8の分離線1側への鼻端部9が、分離線1の形成面から隔離されていること。
(G) 中央パネル部の鼻端部9は、分離線1の位置より外側において内側に曲げられていること。
(H) 中央パネル部には、引きタブ15が、その先端爪部が分離線1まで達するように、又は分離線1の近傍に位置するように取り付けられていること。
(I) 以上のような構成を有することを特徴とする簡易閉鎖蓋。
(被告の主張)
被告物件の構成は、以下のとおりである。
(A′)分離線1の外側に連続している板面である容器壁端に接続される部分と、分離線1の内側に連続している板面である中央パネル部とから構成されていること。
(B′)容器壁端に接続される部分には、分離線1の外側でありかつ同分離線1の形成面の上側に、板面を曲げて構成したループ部3が形成されていること。
(C′)容器壁端に接続される部分のループ部3の分離線1側への帰還部分である鼻端部4が分離線1の形成面から隔離されていること。
(D′)容器壁端に接続される部分の鼻端部4は、分離線1の位置より内側において外側へ曲げられていること。
(E′)中央パネル部には、分離線1の内側でありかつ同分離線1の形成面の下側に、板面を曲げて構成したパネル折り重なり部8を形成していること。
(F′)中央パネル部のパネル折り重なり部8の分離線1側への鼻端部9が、分離線1の形成面に実質的に隣接していること。
(G′)中央パネル部の鼻端部9は、分離線1の下において内側に曲げられていること。
(H′)中央パネル部には、引きタブが、その鼻端部が分離線1まで達するように取り付けられていること。
(I′)以上のような構成を有することを特徴とする簡易閉鎖蓋。
2 構成要件eの充足性
被告物件における「パネル折り重なり部8」は、本件発明の構成要件eにおける「ループ部」に当たるか。
(原告の主張)
パネル折り重なり部8については、隙間が生じないよう加工することも可能であるのに、被告物件において、右の部分は、隙間のあるループ状に加工されている。
被告物件の構成Eは、構成要件eを充足する。
(被告の主張)
本件明細書の記載及び無効審判請求事件における原告の主張を参酌すると、構成要件eの「ループ部」は、緩衝機能を有するよう、緩やかな曲げ加工によるループ形状を形成するものであることが必要である。
被告物件において、パネル折り重なり部8は、緩やかな曲げ加工によるループ形状を形成していないから、被告物件の構成E′は、構成要件eを充足しない。
3 構成要件fの充足性
被告物件において、パネル折り重なり部8の分離線1側への鼻端部は、分離線1の形成面から隔離されているか。
(原告の主張)
本件発明において、開口片側の蓋板面のループ部の裂開案内線側への帰還部分が裂開案内線の形成面から離隔されるのは、補修ニスをループ内部に完全に塗布し得るようにするためである。
被告物件において、鼻端部9と分離線1の形成面2との間には、全周にわたってわずかな隙間が存在し、部分的には広い隙間も存在するから、補修ニスの塗布は十分可能であり、被告物件は、本件発明の作用効果を有する。
なお、本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には、実施例として、「一般に、補修ニスが進入するための最小限の隙間として〇・三ミリメートル以上必要とされる」との記載があるが、これは〇・三ミリメートル未満の隙間を本件発明の技術的範囲から除外する趣旨ではない。
したがって、被告物件の構成Fは、構成要件fを充足する。
(被告の主張)
本件発明においては、開口片側の蓋板面のループ部の裂開案内線側への帰還部分を、裂開案内線の形成面から離隔させることが必要である。ところで、本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載を参酌すると、「離隔」させるとは、単に開口しているだけでは足りず、約〇・三ミリメートル以上の隙間のあることが必要であると解される。
これに対し、被告物件においては、パネル折り重なり部8の分離線1側への鼻端部9と分離線1の形成面との間には、加工の際の金属の跳ね返りによって生じた〇・〇一ミリメートル程度の隙間しかなく、両者は実質的に接しており隔離されていない。また、隔離されている部分があるとしても鼻端部9の一部にすぎず、全周にわたって隔離されてはいない。
したがって、被告物件は、構成要件fを充足しない。
4 構成要件gの充足性
被告物件において、中央パネル部の鼻端部9が内側に曲げられる位置は、分離線1の位置よりも外側か。
(原告の主張)
サンプル検査によれば、被告物件については、全周ではないが、その一部において鼻端部9が分離線1の外側に膨出していることが認められる。
したがって、被告物件は、構成要件gを充足する。
(被告の主張)
被告物件においては、中央パネル部の鼻端部9は、分離線1の下において内側に曲げられ、分離線1の位置よりも外側には膨出していない。仮に、サンプル検査の結果、外側に膨出している部分があったとしても、鼻端部9の一部にすぎず、全周にわたって膨出しているわけではない。
したがって、被告物件は、構成要件gを充足しない。
5 損害
(原告の主張)
被告は、平成一〇年中に少なくとも一〇〇〇万枚の被告物件を輸入して販売し、その平均販売単価は一枚一〇円を下らない。また、本件発明について、原告が被告に実施許諾する際の合理的な実施料率は、販売額の一〇パーセントを下らないから、原告は、平成一〇年中において、合理的な実施料額に相当する一〇〇〇万円の損害を被った。
よって、原告は、被告に対し、これまでに受け取るべき実施料総額に相当する損害金の一部として、金一〇〇〇万円の支払を求める。
(被告の主張)
否認する。
第三当裁判所の判断
一 構成要件fの充足性
先ず、構成要件fの属否の点から判断する。
1 構成要件fにおける「離隔」の意義について
構成要件fは、「該ループ部の裂開案内線側への帰還部分を裂開案内線の形成面から離隔させる」ことである。
本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載、本件特許無効審判手続における経緯及び出願当時における公知例等を参酌すると、右「離隔させる」については、以下のとおり解すべきである。すなわち、裂開案内線形成面と帰還部分との間は、①ループの内側を含む容器蓋全体に、一般的な手段によって補修ニスを塗布することを可能とする程度に間隔が設けられ、また、②衝撃を受けた時に、ループ部が衝撃を裂開案内線に直接伝えることなく変形して、衝撃を吸収することができる程度に間隔が設けられることが必要であるというべきである。さらに、③実施例の記載に照らすならば、約〇・三ミリメートルよりも著しく接近している場合には、離隔していないと解するのが相当である。
その理由を、以下詳細に述べる。
(一) 出願前の公知例としては、特公昭六一年二七一二九号公報(乙四)及び米国特許第四、一一六、三六一号明細書(乙五)が存在する。乙四には、巻締め側において、ループが間隔を設けて形成され、鼻端部の位置も内側に突出しているが(この点は、本件発明と同じである。)、中央パネル側においては、折り畳まれている形状のものが開示されている。他方、乙五には、中央パネル側のみに、ループが間隔を設けて、形成された形状のものが開示されている。
(二) 補修ニスの塗布に関する事項として、「発明の詳細な説明」欄には、帰還部分を裂開案内線の形成面から離隔させることの作用効果について、「両ループ部の帰還部分は裂開案内線の形成面から離隔せしめられているため、この容器蓋を形成した後に補修ニスを噴霧すると、補修ニスが各離隔部分からループ部分内部へ容易に侵入し、裂開案内線の形成面の両面へ補修ニスが完全に塗布されることになる。」(公報一〇欄二九行から三三行)と、さらに「本実施例に係る容器蓋は、(中略)ループ部3の帰還部分4と裂開案内線1の形成面2の間、及びループ部8の帰還部分9と裂開案内線1の形成面2の間にそれぞれ隙間5、10が構成されているため、補修ニスの塗布工程において各ループ部3、8の内側(裂開案内線の形成面の表裏を含む)に補修ニスが完全に塗布され得る。一般に、補修ニスが侵入するための最小限の隙間としては約〇・三㎜以上必要とされるが、本実施例における容器蓋ではこれを容易に実現できる。」(公報一〇欄二行から一二行)と記載されている。
そうすると、裂開案内線形成面と帰還部分との間は、ループの内側を含む容器蓋全体に、一般的な手段によって補修ニスを塗布することを可能とする程度に間隔が設けられることが必要であるということができる。
(三) 耐衝撃性に関する事項として、次の記載がある。すなわち、
(1) 「発明の詳細な説明」欄には、「裂開前の状態においては、裂開案内線が両ループ部で構成されるS字状部分の中央に位置することになり、容器が落下して容器蓋に衝撃的内圧がかかってもそのS字状部分で衝撃エネルギーが吸収され、裂開案内線の裂断が防止できる。」(公報五欄一八行から二二行)と、さらに、「容器の落下等によって生じる衝撃力や衝撃圧を裂開案内線に直接作用させない緩衝構造が採用されているため、耐衝撃性に強い容器を実現することができる。」(公報一〇欄二二行から二五行)と記載されている。
(2) さらに、耐衝撃性に関して、本件特許の無効審判請求事件の答弁書(乙三)において、原告は、右公知例との相違について、次のように強調している。
① 「裂開案内線1の形成面2に対してループ部3の帰還部分4とループ部8の帰還部分9のなす各間隔A、Cは、容器蓋の完成後に補修ニスが裂開案内線1の形成面2の表裏面を含む各ループ部の3、8の内側面に完全に塗布されることを保証すると共に、各ループ部3、8の帰還部分4、9が裂開案内線1の形成面2に当接していないことにより、容器の落下等によって生じる衝撃力や衝撃圧を裂開案内線1に直接作用させない緩衝構造を実現している。」
② 「本件特許発明では、一枚の素材金属板に対してリジッドな折り畳み加工を行なわずに緩やかな曲げ加工によるループ部3、8を構成してダブルセイフティ機能を有した容器蓋を実現しており、各構成要素が相関的に作用しあって、安全性の向上を図ると共に、補修ニスの塗布の完全化と衝撃圧等に対する緩衝構造による裂開案内線1の防護を合理的に実現している。」
③ 「開示されている技術(注・引用例)は、それぞれパネル折り重なり部が文字どおりパネルが三層状に折り重なったリジッドな構成部分になっており、容器蓋に対する衝撃圧等は、パネル折り重なり部を介して直接的に分離線42へ作用するために緩衝構造になっていない。即ち、緩衝構造は本件特許発明のような緩やかな曲げ加工による両ループ部3、8を構成して隙間5、10を設けておくことで実現できるものであり、一方のみがループとして構成されていても緩衝機能は発現されず」
④ 「ここで強調されるべきは、本件特許発明における隙間5、10の間隔A、Cが単に補修ニスの塗布性を考慮しただけのものではなく、緩衝構造を構成して裂開案内線1の防護をも可能にしており、開口片側のループ部8と隙間10の間隔Cの構成部分は両効果を合理的に実現している点にある。また、前記のようにループ部8は開口時に裂開部を帰還部分9の内側へ繰り込み易くして高い安全性を実現するという相乗的な効果を有しており、それは(中略)リジッドなパネル折り重なり部では得られない効果である。」
(3) なお、無効審判における審決では、帰還部分を前記裂開案内線の形成面から離隔させる構成が、引用発明等のいずれにも開示ないし示唆がないこと、耐衝撃性を得るべく、引用発明等を結びつける必然性がないことを理由として、本件発明の進歩性を肯定している。
そうすると、裂開案内線形成面と帰還部分との間は、衝撃を受けた時に、ループ部が衝撃を裂開案内線に直接伝えることなく変形して、衝撃を吸収することができる程度に間隔が設けられることが必要であるというべきである。
2 被告物件の形状及び構成要件との対比
(一) 証拠(甲六、一〇、一二ないし一六、一八ないし三一、三三、枝番号の表記は省略する。以下同じ。)によれば、サンプルとして検査された開口前の被告物件の形状は、次のとおりと認められる。
(1) 被告物件における鼻端部9と分離線の形成面との間には、間隙がなく、完全に当接しているものが存在するが、一方、間隙が僅かに認められるものも存在する。
(2) 被告物件のうち、間隙が認められるものにおける離間距離については、必ずしも明らかではないが、断面の板厚が〇・二一ミリメートルであるのに対し、鼻端部9と分離線の形成面との距離がその二〇分の一ないし一〇分の一程度であることに照らすならば、おおむね〇・〇一ないし〇・〇二ミリメートル程度であると推認される。
(3) 他方、鼻端部4(構成要件cを充足することに争いがない。)と分離線の形成面との離間距離は、おおむね板厚の二ないし二・五倍程度であるので、〇・四ないし〇・五ミリメートルであり、鼻端部9と分離線の形成面との離間距離とは大きく異なる。
(4) また、明細書に記載されているように、分離線の形成面から約〇・三ミリメートル以上隔離されているといえるためには、板厚のおおむね一・五倍以上の間隔が存することが必要であるが、被告物件中にそのようなものは全く認められない。
(二) 以上のとおり、被告物件においては、鼻端部9が分離線の形成面に当接しているか、あるいはその間に極めて狭い間隙の認められるものしか存在しない。右間隙は、①ループの内側を含む容器蓋全体に、一般的な手段によって補修ニスを塗布することを可能とする程度ではなく、また、②衝撃を受けた時に、ループ部が衝撃を裂開案内線に直接伝えることを緩らげるように変形することによって、衝撃を吸収することができる程度ではないことが明らかであるから、被告物件は、本件発明の構成fを充足しない。
なお、原告は、鼻端部9と分離線の形成面との間には、全周にわたってわずかな隙間が存在し、部分的には広い隙間も存在するから、補修ニスの塗布は可能である旨主張する。しかし、構成要件fにおける「隔離」の意義は、前記のとおり、補修ニスの塗布の関係のみならず、耐衝撃性の関係でも必要とされるものであること、本件明細書の実施例の欄に、「補修ニスが侵入するための最小限の隙間としては約〇・三ミリメートル以上必要とされる」旨記載されていることをも考慮すると、原告の右主張は採用することができない。
二 構成要件eの充足性
次いで、構成要件eの属否の点を判断する。
1 構成要件eにおける「ループ部」の意義について
構成要件eは、「前記裂開案内線の内側に裂開案内線の形成面から下側へ曲げられたループ部を形成し」というものである。
本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載、及び本件特許無効審判手続における経緯を参酌すると、右「ループ部」は、①緩やかな曲げ加工によって形成されたループ形状を備えた、衝撃を吸収し得る構造を有することを要し、さらに、②裂開案内線の形成面の上下に、同様の構造を有する構成要件bに係るループ部3とともに、S字状に配置されることを要するものを指すというべきである。
その理由を、以下詳細に述べる。
(一) 開口縁の安全性に関する事項として、「発明の詳細な説明」欄には、「引きちぎり用タブで裂開案内線に沿って裂開して開口片を除去した場合に、巻締め側の開口縁が裂開案内線の外側に形成されているループ部の帰還部分より外側に位置し、また開口片側の開口縁が裂開案内線の内側に形成されているループ部の帰還部分より内側に位置することになり、双方の開口縁はそれぞれ各帰還部分からの曲げ曲面の外側及び内側になって安全性が確保される。」(公報五欄九行から一七行)と、また、「引きちぎり用タブ15を引き上げると、(中略)その際に、ループ部3側の裂開部20は帰還部分4側へ押付けられ、またループ部8側の裂開部21は帰還部分9側へ押付けられることになる。従って、各ループ部3、8はそれぞれ若干潰れる変形を受けて、裂開部20がループ部3の帰還部分4の外側へ近接した状態となり、また裂開部21がループ部8の帰還部分9の内側へ近接した状態となって、容器6の開口がなされる。(中略)この結果、開口後の巻締め側の蓋板面に残存する開口縁22と開口片側の蓋板面に残存する開口縁23は、それぞれ裂開部20が曲面である帰還部分4の外側に、裂開部21が曲面である帰還部分9の内側に隣接した形態となり、各開口縁22、23に触れても安全性が保証される。」(公報七欄二七行から八欄一〇行)と、さらに、「容器の開口後に、巻締め側に残存する開口縁と開口片側に生じる開口縁が双方とも極めて安全な形態で構成でき、容器側の開口縁や配置された開口片によって損傷を負うような危険性を完全に解消することができる。」(公報一〇欄一七行から二一行)と、記載されている。
(二) 耐衝撃性に関する事項として、次の記載がある。すなわち、
(1) 「発明の詳細な説明」欄には、「裂開前の状態においては、裂開案内線が両ループ部で構成されるS字状部分の中央に位置することになり、容器が落下して容器蓋に衝撃的内圧がかかってもそのS字状部分で衝撃エネルギーが吸収され、裂開案内線の裂断が防止できる。」(公報五欄一八行から二二行)と、「裂開案内線1が両ループ部3、8の中間に構成されているため、衝撃的内圧を両ループ部3、8が吸収し、容器6の落下の際等に裂開案内線1が裂開してしまうような不都合を解消できる」(公報八欄一一行から一五行)と、記載されている。
(2) 本件特許の無効審判請求事件の答弁書(乙三)において、前記公知例との相違を強調して、原告は、「本件特許発明では、一枚の素材金属板に対してリジッドな折り畳み加工を行なわずに緩やかな曲げ加工によるループ部3、8を構成してダブルセイフティ機能を有した容器蓋を実現しており、各構成要素が相関的に作用しあって、安全性の向上を図ると共に、(中略)衝撃圧等に対する緩衝構造による裂開案内線1の防護を合理的に実現している。」と、また、「開示されている技術(引用例)は、それぞれパネル折り重なり部が文字どおりパネルが三層状に折り重なったリジッドな構成部分になっており、容器蓋に対する衝撃圧等は、パネル折り重なり部を介して直接的に分離線42へ作用するために緩衝構造になっていない。即ち、緩衝構造は本件特許発明のような緩やかな曲げ加工による両ループ部3、8を構成して隙間5、10を設けておくことで実現できるものであり、一方のみがループとして構成されていても緩衝機能は発現されず」と述べている。
(三) そうすると、①本件発明においては、引きちぎり用タブで裂開案内線に沿って裂開して開口片を除去した場合に、巻締め側及び開口片側の各裂開部は、それぞれ帰還部分の側に押し付けられ、各ループ部は、それぞれ若干潰れる変形を受けて、巻締め側の裂開部が曲面である帰還部分の外側に、開口片側の裂開部が曲面である帰還部分の内側に、それぞれ隣接した状態となって開口し、帰還部分が開口縁より張り出していることと相まって、開口縁に触れても安全性が保証されるとしていること、さらに、②本件発明は、容器蓋に衝撃的内圧がかかった場合に、裂開案内線の裂断を防止することをもその課題とし、これを解決するための手段として、巻締め側と開口片側の双方にループ部を形成し、その中央部分に裂開案内線を位置させるS字状の形状とすることによって、落下等によって生じる衝撃エネルギーを右のS字状部分で吸収しようとされていること、③原告は、無効審判請求事件において、本件発明における緩衝機能は、ループ部3及びループ部8の双方について、リジッドな折り畳み加工を行わず緩やかな曲げ加工を行うことによるものであり、裂開案内線の形成面の上方又は下方のいずれかにループ部が形成されたのでは足りない旨を強調していることに照らすならば、本件発明の構成要件eにおける「ループ部」は、緩やかな曲げ加工されたループ形状を有し、衝撃を吸収し得る構造を備えたものであることが必要であり、さらに、構成要件bにおけるループ部とともに、裂開案内線の形成面の上下に、S字状に配置されたものであることが必要であるというべきである。
2 被告物件の形状及び構成要件との対比
(一) 前掲各証拠によれば、サンプルとして検査された開口前の被告物件の形状は、次のとおりと認められる。
(1) 分離線の形成面の上側(リム側)にある折り重なり部3については、緩やかな曲げ加工が施されており、分離線の形成面と折り重なり部3から鼻端部4に至る板面との間には、ほとんどのサンプルにおいて、板厚の約二倍程度の間隙が形成されている。
(2) これに対し、分離線の形成面の下側(パネル側)にあるパネル折り重なり部8については、折り重なり部3に比してはるかに鋭角的な折り加工が施されており、分離線の形成面と、折り重なり部8から鼻端部9に至る板面との間の間隙も、板厚の数分の一程度である。
(二) 以上のとおり、被告物件におけるパネル折り重なり部8は、鋭角的な折り加工が施されており、緩やかな曲げ加工がされたループ形状を呈しているということはできず、また、変形して、衝撃を吸収する構造を有するとはいえず、さらに、分離線の形成面の上側にある折り重なり部3とともにS字状に配置されたものということもできないから、被告物件は、本件発明の構成要件eを充足しない。
なお、原告は、パネル折り重なり部8に僅かな隙間が存在することを理由に、被告物件は構成要件eを充足する旨主張する。しかし、パネルの折り加工が右のとおり鋭角的になされており、分離線の形成面と、折り重なり部8から鼻端部9に至る板面との間の隙間も、前記のとおり僅かなものである以上、パネル折り重なり部8が、変形可能性、衝撃吸収性を有するに至ると認めることはできず、原告の右主張は採用できない。
三 結論
以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 谷有恒)
<以下省略>